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会員の視察・旅行記

吉田亜希子のUSA JOURNAL 2015年7月号(2015.7.1)

近代建築の3代巨匠の一人、フランク・ロイド・ライト。彼が日本で設計した旧帝國ホテルは、現在エントランス部分のみ愛知県犬山市の明治村に移築されています。愛知県出身の私は、学生の頃にも何度か社会科見学でその場所を訪れ、建築についてまだ何も知識が無いながらも、その荘厳な雰囲気がとても心に残った記憶があります。その後、インテリアの事を学び、仕事に就くようになって更に、ライトの劇的な人生や、日本にも通じるその建築スタイルを知り、いつか彼の建築した住宅をアメリカで見てみたい、とずっと思っていました。そして先月ついにその夢が叶い、ライトの最も有名な個人邸建築「落水荘」を、車で片道3時間半かけてペンシルバニア州まで行き、見学ツアーに参加してきました。

この「落水荘FALLING WATER」は、1935年に、ピッツバーグ最大のデパートオーナーであったエドガー・カウフマンからの依頼でライトが設計した邸宅です。1963年まではカウフマンファミリーの別荘として使われていましたが、現在は一般公開されており予約制のガイドツアーでのみ内部の見学が可能です。

この場所は元々カウフマンが所有していた自然豊かな山林で、ここにある美しい滝は一家のお気に入りだったとのこと。そこで「この滝を眺められる家を」とライトに依頼をしたカウフマンでしたが、ライトはこの美しい滝をフォーカルポイントとした、滝と融合させた家を建てることを計画。また、壁材に使う石にはこの山で採石された砂石を使い、コンクリート部分の色は、夏になるとこの山に咲くシャクナゲのアイボリーカラーを使う等、「自然を鑑賞する為の家」では無く「自然と共存する家」をカウフマンに提案したそうです。

「自然との共存」というこの家のテーマは、勿論前述の点だけではなく、家具やインテリアの細部に至るまで、この家の至る所に散りばめられています。そのテーマを具現化する為の手法として大きく3つ挙げられるのが、コントラスト、カンティレバー、カスケードの3つです。

下の写真の1枚目はこの大邸宅のエントランス部分であるのですが、見ての通り驚くほど小さい入口であり、更に石張りの柱がドアへ向かう通路を敢えて狭く演出しています。また横方向に広がる特徴的なビームも、このエリアに大きく影を作っています。それに対し、このドアを開け一歩中に入ると、そこには168平米の巨大なリビングが。また入り口から対角線上に設けられた壁面一体の窓が、広く外へ向かうテラスへと目線を誘い、暗→明、狭→広、とのコントラストで、より外への開放感を強調します。また、山の小道や、木々に覆われた山中の薄明かり、そこから突き抜ける広く広がる青い空、山から湧き出て小川へと力強く打ち広がる滝など、自然をなぞらえたコントラストであることも感じさせます。

カンティレバー(片持ち梁)については言うまでもなく、テラスが大きくその特徴の一つと言えます。建物の中心部分に片側のみが固定され、小川の上に垂直に突き出たカンティレバー式のテラスは、リビングルーム、ベッドルーム、ゲストベッドルームの、各部屋に備えられています。また3つのテラスの総面積が、内部の全室の総面積とほぼ同じになるという程のテラスの広さ。カンティレバー式で余計な支柱が無い事で、どの部屋からも邪魔な柱無く、開放的な景色を望むことが出来ます。また中心部分から力強く突き出たテラスは、山の崖から張り出した岩や、その広がりにより大地の力強さを表現しているとも言われており、このテーマに沿って、通路部分の天蓋屋根であったり、リビングの家具であったり、他の様々な部分でもカンティレバー手法が使われています。

カスケードとは、「階段上に流れ落ちる滝」や「縦方向に関連して連なっていく断層」のこと。これも内外装の至る所にこのカスケード手法が使われ、落水荘の最も重要なフォーカルポイントである滝を、何度もリフレクトして各所にイメージさせています。最も代表的な部分は石壁のカスケードです。しかもこの石壁は殆どの部屋においてガラス窓を隔てて内と外を貫いて設計されており、部屋の中に居ながらにして、そのまま外の世界へと続いていくような錯覚を起こさせます。

また今回、ライトの素晴らしい建築手法と共に非常に興味深かったのが、依頼主であるカウフマンのコレクションの数々。エドガー・カウフマン自身も、またその子息でありライトの弟子でもあったカウフマンJrも、インテリアやデザイン・美術に関して非常に造詣の深い人物であった様です。ライトの重厚な建築や内装に、とてもモダンなデザイナーズチェアを合せたり、またその中にすんなりと伊万里の皿や、北斎や広重の絵がマッチして飾られているという、エクレクティックなインテリアデコレーションも非常に素晴らしかったです。各部屋には800にも及ぶと言われるそれらの素晴らしい調度品や美術品が当時のまま残されており、ファミリーが週末を過ごしたその雰囲気や、建築過程においてぶつかりあいながらも強い友情があったと言われるライトとカウフマンの息遣いが、そのまま伝わってくる様な感動がありました。

インテリアに興味を持った頃から、ずっと行きたいと思っていた落水荘。石やコンクリートという無機質な外装材を使い、斬新で個性的な建築デザインながらも、何百年も前から自然と共にそこにあったかの様に感じられる不思議な一体感がありました。アメリカ生活もあと残り1年となりましたが、いつかもっと歳をとってまたアメリカを訪れることがあったら、是非またここにもう一度来てみたいです。「建築と自然」だけでなく「人と自然」を繋ぐ、というライトの哲学は、もしかしたら私達をこんな風に思わせる、現代にも今なお、息づいているのかもしれません。

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